アフターコロナの温泉文化を考える①「1人の人間としての関係を」川島旅館3代目女将・松本美穂さん(北海道 豊富温泉)

全国の温泉の最前線で活躍する方にお話を伺い、アフターコロナの温泉文化について考える連載をはじめます。

第1回目は、最北の湯治場・北海道 豊富温泉「川島旅館」の3代目女将、松本美穂さんにインタビューしました。湯治宿のイメージを一新するリニューアルを行い、全国から療養に訪れるお客様が集まります。

松本さんはお客様と「1人の人間としての関係」を築いているといいます。これまでの取り組みや今後の構想をお聴きしました。

若いお母さんに選んでほしい!リニューアルに込めた思い

橋本

豊富温泉には10年以上前、小学生の頃に訪れた記憶があります。

どこの宿に泊まったのかもはっきりしないのですが、レトロな宿の小さな湯舟に地元の人達が静かにつかっていた光景をよく覚えています。

それからすっかり変わって本当にびっくりしました。「ミライノトウジ」の取り組みや、生まれ変わった川島旅館さんのことをホームページで知り、ずっと訪れたいと思っていました。

松本さん

12年前にこの旅館の跡を継ぎました。それまでは札幌でコンサルタントとして働いていて、縁あってこちらに嫁いできたんです。

阿寒湖温泉など道内の温泉地でも仕事をしていて、この旅館も訪れたことがあります。

老朽化が進んでいたり、火災にあってしまったりして、道路よりこちら側にあった6軒の旅館はすべてリニューアルしました。跡を継ぐときに、大女将から「旅館は女将だから。好きにしていいよ」と言われ、好きにしようと思いました。

大女将は工事中に亡くなってしまい完成した姿を見せることはできませんでしたが、納得してくれると思います。

シンプルで機能的な客室。シングルルームが多いのも特徴。

橋本

本当に「好きにした」のですね。それにしても、従来の旅館のイメージとはずいぶん違う雰囲気ですよね。

松本さん

この旅館には数ヶ月や一年間滞在する方もザラにいます。年に何回か来る方もいます。

みんなアトピーの療養のためですから、若い世代が多くなります。同世代の方たちなので、お客様だけどどこか友達みたいな。そんな感じでお客様と関わっています。

インバウンドやシニアなどをターゲットとした温泉地が多いですが、ここは違います。若い方たちが自然と集まるのです。

老朽化した施設では女性や小さな子どもには敬遠されてしまいますが、それでも選んでくれる方はいます。建て替える前はそれも申し訳ないと思っていて、お母さんたちが「行くなら川島旅館にしたい!」と思ってくれるようなイメージで作りました。

子どものための秘密基地もある。

橋本

おしゃれでありつつ、ぬくもりもあってとても落ち着きます。

松本さん

湯治宿というと、少しでも安く長く滞在したいお客様が訪れるものです。それでは会社の経営として厳しい。温泉の特性を活かして湯治に来てほしいと思う一方で、首都圏の女性が憧れる宿をイメージしています。

両立は難しく、最初はうまくいかないこともありました。

でもクチコミが広まってきて、「この値段でこれだけの食事、こんな温泉、でもトイレは共用ですよ」って。イメージがついてきたのですね。

高級旅館を目指しているわけではありませんが、女性誌に載るようなレベルを目指してきましたから、こうやって載るのも目標とおりです。

企業として、地域の一員として、両輪でまわす

温泉療養をしながら地元の学校に通う「湯治留学」の案内(豊富町ふれあいセンターにて)

橋本

川島旅館さんのリニューアルだけでなく、湯治留学や転職支援など、町ぐるみ・地域ぐるみでの取り組みも画期的です。

ミライノトウジにはどのように関わってこられたのですか?

松本さん

私が嫁いできたころは高齢化が進んでいて、若手は主人と私だけでした。何かしようとしても何もできない状態だったんです。

でもその頃は、アトピーで療養に来た方が、1週間より2週間いた方が良い、2週間より1ヶ月、さらに1年……と、じわじわ滞在から移住へと動いていました。移住してきた方たちが仲間になって、いろんなことが動いてきました。

小さなコミュニティなので、各々がどこで何かをしていても理解しているし、やるとなったら一緒に色々なことを取り組める関係です。

湯治の体験記やミライノトウジの取り組みなどがまとめられた本

橋本

湯治の枠をこえたコミュニティが生まれているのですね。色々な人が集まると新しいことも生まれそうですね。

松本さん

20代から4, 50代くらい、特に30代前半までの方が多いです。

結婚していたり子どもがいたりすると移住は難しいので、学校を卒業したばかりの方や社会人になったばかりの方が多いですね。おかげですごく〔地域が〕若返りましたね(笑)。

顔ぶれが変わるから、1年経てばいなくなる方もいます。同じメンバーで年月経ってやっていかないと蓄積は生まれない。そこが課題ですね。

橋本

旅館の経営と地域のコミュニティはどのような関係で動いているのですか?

松本さん

建てかえる前は、自分たちが胸を張って来てほしいと言える宿ではなかったです。今は建てかえて自信をもってお客さんを迎えられる。

企業としてスピード感をもってまわしていく部分と、地域のコミュニティで時間をかけてやっていく部分と、両輪でやっていく感じですね。

バケーション文化が定着してほしい

橋本

長期滞在する常連さんが多ければ、今のような難局にも立ち向かえると言えるかもしれません。

松本さん

北海道だけ先に緊急事態宣言が発出され、ゴールデンウィークも休業していました。道外のお客様は半分くらいいて、東京からのお客様も多いですから、営業再開するときは悩みました。

営業を再開した当初は1泊2日の設定をなくして、今でも2泊以上をおすすめしています。

橋本

色々な場所を転々としていると、それだけ感染リスクを引き上げかねないということですね。

コロナ後の旅行として、長期滞在が注目されているのとも関係はありますか?

松本さん

海外のバケーションのような長くてゆったりとした旅行のスタイルが日本でも定着してほしいと強く思っています。

観光スポットがたくさんないと長く滞在されないのはもったいないなって。

夜 宿に着いて、翌朝ご飯を食べたらすぐにチェックアウトしてしまうような慌ただしい旅行ではなく、もっと何もしない時間を楽しむような旅が広まってほしいです。

橋本

働き方改革で休みを取りやすくなったり、ワーケーションで仕事の日を挟んで休暇先で滞在できたりといった流れは、湯治を後押ししてくれていると思います。

松本さん

当館にはアトピーの療養という共通点だけで色々な職種のお客様がお越しになるので、フリーランスでPC1台あればどこでも仕事ができるというような方もいらっしゃいます。

ラウンジのソファーでくつろいで仕事をして、たまに休んでお風呂に入る。コロナ前はそういう方が多かったですね。今は密にならないよう共用スペースに長居しないようお願いしていますが。

元気になる宿を目指して:接客の本質は変わらない

橋本

コロナによって、旅行者(ゲスト)に、受入側(ホスト)との信頼関係が今まで以上に求められるようになった気がします

松本さん

二極化ですね。非接触のチェックインやチェックアウトが広まっているように、匿名性が高まっている施設もあると思います。

今までの常識が通じない時代が来ると思っていて。たとえば鍵の渡し方ひとつとっても、今までは両手で渡すのが丁寧だったのに今ではトレーを介して渡すようになっていますよね。

今まで通りではできないと思っています。

ウェルカムドリンクはルームサービスに。元気になってほしい思いが綴られた案内がうれしい。

橋本

まずはコロナ対策を徹底して行うのが大切ですよね。

安全・安心の確保以外で、心がけていることを教えていただけますか。

松本さん

やはり「健康」を切り口に考えています。

豊富温泉には、薬を塗ってもどうしても治らない方が「復活したい」と願っていらっしゃいます。食事にもこだわって、業務用などは一切使わずすべて手作りのものを提供しています。「元気になる」ことを大事にしたいので。

館内も自然素材にこだわっていて、化学物質は使っていません。せっかく湯治に来ても化学物質アレルギーを発症してしまったら元も子もないですから。やれる範囲でやっています。

大女将も、夜ふかししているお客さんには「肌に悪いから早く寝なさい」って注意したり、スナック菓子をいっぱい食べているお客さんには「そんなの食べてると体に悪いわよ」って言ったりしていましたね。私はそこまではしませんけど(笑)。

2泊3日の過ごし方を提案する冊子を温泉療法医の監修で作った

橋本

「元気になる」「復活する」といった言葉から、アトピーが治るだけではなく、心の底からエネルギーが湧き上がってほしいと考えているのではないかと感じました。

松本さん

商売でいったらあまり治らない方がいいのかもしれないですけどね。帰ったら元気になる、もう来なくていいというのが理想ですね。

橋本

それでもここが好きで何度も来てくれるお客さんがいるのですね。

松本さん

お土産をもってきてくれる常連さんもいるほどです。

お客様というよりも、1対1の人間としての関係って感じですね。AIでは担えないし、自動チェックインなんかもうちではできないでしょうね。

コロナ対策のためにオペレーションの見直しはしていますが、すべてを変えるわけにはいかないと思っています。

元気になるために人は温泉に入る

橋本

最後に、温泉好きの読者の皆さんにメッセージをお願いします。

松本さん

一度来て入ってもらいたいですね。

「温泉のお湯で化粧品を作りませんか」なんていう営業の電話もかかってきますが、温泉は湧き出してすぐのものに入ることに泉質以上の価値があると思っていて。

元気になるために人は温泉に入ると私は思っていて、湧き出したばかりの温泉のもつ力を体験してほしいです。

温泉は生き物ですから、油の量なども日々変わります。そういう移ろいも、ここに来て楽しんでもらいたいです。

持って帰ってどうこうしてもらうのではなく、ここに来て体験してもらいたいですね。

橋本

オンラインのおかげで場所に関係なく体験できることが飛躍的に増えましたが、温泉はまさに「そこに行かなければ体験できない」最たるものですよね。私も豊富温泉のもつ力を、ここでしっかりと堪能しようと思います。

本日はどうもありがとうございました。

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